症状そのものが治療の第一歩…その3

これは素人考えなんですが、うつというのは、電源ブレーカーみたいなもんだと思うのです。どこの家にもありますよね? あの、電気を使いすぎると「バチッ」と落ちちゃうブレーカー。あれです。うつも、アレと同じものだと思うんです。

これは自分の経験からこねくり出した理屈なんですが、うつというのは「受け入れなければならない」現実と、それを「受け入れたくない」意識とのせめぎ合いから発するものだと私は考えています。その葛藤の末に、うつ症状が表れる。そういうものなんじゃないかと思っているんです。

たとえば、会社で理不尽な業務命令を受ける。それに対して反論なり拒否なりをする余地はもちろんあるのですが、本人のモラルとして「業務命令は絶対」という意識がある。上司に反抗することに対する恐れとかもあるでしょうね。そのため、しぶしぶながら受け入れる。でもそれは本人としては不本意で、本当は受け入れたくはない。
「こんなこと、やりたくない」→「でも業務命令は絶対だ」→「だけどやりたくない」→(以下ループ)…
この繰り返しが始まります。

これが若いうちだったら「やってられっか、辞めてやらぁ!」なんてこともできるでしょう。趣味や遊びで発散することもできるかもしれません。また世渡りの上手い人なら「部長、近ごろは企業倫理に世間も厳しいですから、これはまずいのでは」とかなんとか、うまいこと周りを丸め込んだり、最悪ほかの誰かにイヤな役目を押しつけたり、できるかもしれません。
ところがそれができないと、いつまで経っても無限ループから抜け出せません。やがて、そのループから抜け出せない自分を呪い始めます。

「こんな状態なのは、自分がしっかりしていないからだ」
さぁ、本格的なうつの始まりです。ここから先は自己否定一直線です。

ですが人間を含めて生き物というのは、自分のために生きるもの。時に他者をブチ殺してでも自分は生き延び、子孫を残していく。それが根源的な本能であるはずです。「自己否定」というベクトルは、そんな生物としての本能と真っ向から対立するものです。この状態がいつまでも続くと、精神崩壊にもつながりかねません。

そのため、心のブレーカーが「バチッ」と落ちるのです。それ以上、余計なこと…本能に反することを考えないように。同時に極端に気力をそぎ落とすことで環境の変化や外部からの刺激を防ぎ、それによって脳に「何かを考える」という作業をさせないようにしているのです。

風邪をひいたときに体がだるくなるのは、安静を保つことで体力の消耗を防ぐという作用を持っています。それと同じく、うつというものも精神の崩壊を防ぐための、精神的な免疫システムの一つなのだと私は考えています。
つまり、うつというのは病気ではなくひとつの症状であって、それは心の健康を保つうえで必要なものなんだ、というわけです。

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