「思い込み」からの解放-3

三連休の後半は、台風でどえらいことになってしまいました。
皆さんの地域は大丈夫だったでしょうか?
お天道様には逆らえないとは言うものの、
黙ってやられっぱなしになるわけにもいきません。
ともあれ、大禍なくやりすごせれば何よりと思います。

さて、その三連休が明けたからというわけでもないのですが
先日まで書き進めていた「うつ発症を避ける方法」の続きを
進めてみようと思います。

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先の記事で書きましたが「なぜ?」「どうして?」の自問自答を繰り返していくと
やがて自分の心は理不尽な回答しか返してこなくなります。
「何が何でもダメ、こうじゃなきゃいけないんだ!」というように。
これはあなたの心の奥に潜んでいる「思い込み」の一つです。
こうなったら、自問自答はひとまず終了としてください。

…あくまで「ひとまず」です。
これ以上、直接的な質問を投げたところで、
建設的な質疑ができる状況ではありません。
昭和の頑固親父と問答しているようなもので、
ここから先はどこまで行っても平行線です。
疲れるだけですし、何の成果もありません。たぶん。

ここから先は「なぜ自分はこうした思い込みを持っているのだろう?」という視点から
さらに自分自身を解剖していくプロセスになります。

具体例として、私の場合をお話ししましょう。
詳細については、こちらをご参照ください。
まず最初に「今の会社を辞めたい」という思いがありました。
(実際には、当時の私は契約社員のような立場だったのですが)
それに対して「辞めてはいけない、それは『逃げ』だ、卑怯なことだ」という
心の声がありました。
それに対してさらに自問自答を繰り返していくと、ついには
「とにかく、逃げることはいけないんだ!」という、
論拠のはっきりしない、理不尽な回答しか得られないところまで
たどりつきました。

ここで自問自答をひとまずやめて、次には
「なぜ自分は、そうした固定観念を持つに至ったのか」ということを考えるのです。

…少々堅苦しい言い方になってしまったかもしれません。
つまり私の場合で言えば
「なぜ逃げることがいけないことだと、俺は信じ込んでいるんだろう?」
ということを、考えてみるのです。
そして同時に、こうも考えます。
「逃げるということは、そんなにいけないことなのだろうか?」

こう書くと、何やら私がとても理路整然と自分の心と向き合っているように見えますが
実際にはそんなものではありません。
自分自身への問いかけにしても、たまたまその時、そんな事を考えていたという、
偶然の産物に過ぎなかったのではとも思います。たぶんそうでしょう。
ですが「なぜ?」「どうして?」と子供のように繰り返していくうちに、
うつに縛りつけられた私の心がやがてその姿をあらわにし、
同時に私の心を縛りつけていたもの……「うつ」の根源となるものが何だったのか
はっきりと目にすることができるようになったのです。

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